banana-rollcakes’s diary

30代主婦のブログだよ

モラハラ体験記(2015.5)

娘が外出できるようになってから(生後1ヵ月過ぎ)。

週末、

私のペーパードライバー返上の為、

私の実家から十和田のアパートまで練習を兼ねて運転していた。

 

・昼頃にアパート到着。

・昼食、授乳。

・夕方、戻る。

 

私には運転技術の練習の為だったが、

夫にとっては夫婦生活の為だった。

添い乳で授乳中。

背後から求めてきたことは何度もあり、

その度に嫌がったり、

授乳中だから止めてほしいことは伝えてきた。

夫婦生活が済んだら後は、用無し。

寝ている娘を無理やり起こし、帰る。

 

 


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モラハラ体験記について

先日から、

モラハラ被害にあっている頃に綴ったブログをアップしています。

banana-rollcakes.hatenablog.com

 

2015年は、

私が実家で娘を育てており、

モラ夫の仕事が休みの週末(土・日)しか会っていないので、

強烈なモラハラ被害は少ないです。

 

私は初めての育児で頭がいっぱい。

その上、

おっぱいトラブル(乳腺炎)を抱え、

イライラしていた頃だったので、

モラ夫の無視・無言には、

かなり敏感に、攻撃的に反応していました。

少なくても月1回は口論していました。

 

当時はまだ、

モラハラの“モ”の字も知らない頃。

「夫は、赤ちゃん(娘)とどう接すればいいのかわからないのかな?」

「夫の様子が変わったなぁ」

程度に思って過ごしているため、

日記は、

ゆる~い内容になっています。

が、

モラ夫による無視・無言

すでに始まっています。

まるで呼吸するかの如く・・・

 

 


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モラハラ体験記(2015.6.29)

夫の育児へ、不満。

 

<娘、生後2ヵ月>

作ったミルクを残さず飲ませようと頑張る夫。

娘の顔が真上を向いて、流し込むように飲ませる。

泣きわめいても哺乳瓶をくっつけたまま。

飲みたくない娘は舌を出したり、哺乳瓶を拒んだり抵抗。

こんな場面が多々ある。

私が注意しても聞かない夫だから、

申し訳ないけれど娘には犠牲になってもらう。

 

この先。

娘が自分の感情を出すようになり、

夫はどんな反応・態度を取るか見守りたい。

娘に言われなければ わからない人だろうから。

 

 


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モラ夫の記録(2017.8.14)

モラ夫からメール。

 

モラ夫:こんにちは

    ○○(娘の名前)に会いたくなりました

    元気ですか?

 

 私 :元気です。

    ○○(娘の名前)とどうしたいの?

 

モラ夫:少し会話したりとか、、

    しばらく会ってないので、、

 

 私 :わかった

 

モラ夫:今、こっち(モラ夫の実家)は誰も夕方までいません

 

 私 :公園などに遊びに連れて行くなら、

    支度して待ってる。

 

モラ夫:わかりました

    今から向かいます

 

 

ということで、

夕方、3人で外出。

久しぶりの父に娘も喜んでいた。

喜んでいたから、

私はこっそり自由行動を始めるが、

私を探して歩く2人の姿。

娘はともかく・・・

 

家に帰ってきて、

まだ父と遊びたかった娘は、

そのまま帰ろうとするモラ夫を引き止め、

家の中で少しだけオモチャで遊ぶ。

ご飯の時間になり、

帰ろうとする父へ、

 

 娘 :おとうさんも一緒にご飯食べよう

 

話し聞かせて娘は了解。

父は帰って行った。

 

 

今日のモラ夫は、

私の注意にも素直に応じた。

買い物するとき、

自ら財布を出した。 

 

 


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モラ夫の記録(2017.8.13)

午前中に墓参りを済ませ、

私の母が娘を預かってくれるというので、

モラ夫へ連絡。

突然だったにも関わらず、

モラ夫が迎えに来た。

 

車内でモラ夫が話したいことを話し始める。

私は相槌も無く、聞き流す。

ひと段落したところで、

私は共通の趣味「釣り」の話を始めたら、

モラ夫も話しに乗ってきた。

ドライブがてらというより

ラブホの空室が出来るまでの時間潰しがてら

釣り場を調査。

1時間くらい走った。

 

ラブホで用事済ませて、

1時間20分程度で退室。

 

今日のモラ夫。

私と同じポーズをとったり、

私が話し始めれば、まじまじと目を見て話を聞いたり。

私の気を引こうとする行動が

な~んか気持ち悪かった。

 

 

モラ夫との夫婦生活は、

好き勝手お金を使ったり、遊ぶため

と考え方が切り替わってきた。

 

 


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鉛色の空の下で暮らした日

2016年5月

 

娘の生活リズムが整いつつあったので、

私は娘を連れて、

夫と暮らすことにした。

窓から八甲田山が見えるアパートだった。

海のそばで育った私は

山の天気に苦戦することになる。

洗濯物を干して出掛けて、

何度雨に降られたことか。。。

 

新天地で、

娘を含む3人での生活が始まって早々。

それまでとは勝手が違う生活に戸惑う。

急に

私の話を聞かなくなった夫に苛立ちが募る。

「新天地での生活は、こんなもんだ!」と、

そのうち慣れると思い見過ごした。

でも、

何かが違うことは感じていた。

 

夫は育児に積極的だった。

時間があれば娘と遊び、

週末にはどこかへ連れて行ってくれたり。

だから、

私への無視、八つ当たり、責任転嫁、

暴言を吐く、夫婦生活の強要などは常態化しても、

夫は仕事が忙しい上に、

不規則な勤務でストレスが溜まってのことだろうと、

私は夫の態度を大目に見ていた。

 

娘の写真や育児日記を見返して

楽しかった出来事をポロポロと思い出す。

朝起きたばかりの娘に、

「今日は山が綺麗に見えるよ」

などと山の景色を話していた私。

本当は、

広くて青い太平洋の海が見たくて仕方なかった。

 

家事も育児も毎日、精一杯頑張っているんだけれど、

はかどらない。

夫に無視、面倒なことは責任転嫁され、

息をするにも気を使うような生活。

ストレスから娘に八つ当たり。

要領が悪い自分が嫌になった。

 

自身を見直し、

自分の時間を削り、

手抜きをし。

やれることはやった。

それでも

生活が楽しくなることは無かった。

 

そして、

結婚生活に向いていない夫と

一緒に暮らすこと、

一緒に娘を育てることを諦めた。

 

 


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